宿題の位置づけ。学校の宿題との違い。

こんにちは!

今日も暖かい1日ですね!

今日はだいぶ朝寝坊をしてしまい、
とはいえ息子との予定も入っており、
午前中から余裕がない1日となっています汗

さてさて!

以前も宿題についてブログを書いたことがありますが、
「そろばんの宿題は自らやるんです」
というお話をいただくこともあり、

また当教室での宿題の意味合いを伝えたい想いもあり、
今日は『宿題の位置づけ』について書きたいと思います。

まず前提として、
基本的に当教室では宿題は出さないスタンスをとっています。

理由としては、
・イヤイヤやっても身につくことは非常に限られてしまうこと
・予習をして間違った指使いを習得してしまうと修正する必要があること
などが挙げられます。

但し、
“生徒自身”が宿題にしたいといった場合のみ、
復習部分について宿題を出すようにしています。
(+検定間近の場合には、家での練習を促しています。)

宿題の量もこちらから勝手に指定することはありません。
基本的にはどこまでやりたいか、確認するようにしています。

どこまでやるのかを“自分で決めること。”
人に言われた時よりも、
自分で決めた時の方が、はるかにやろう、やりきろうとします。
(そうしたことは大人でも同じかと思います(笑))

生徒が自分でH・W(ホームワーク)と書いています^^

また、
学校の宿題はやらなくてはいけないものかと思います。

つまり、
・やったらプラスマイナス0(やるのが当たり前)
・やらなかったらマイナス
になってしまうものです。

しかし、
ここの教室での宿題の位置づけは、
・やらなかったらプラスマイナス0
・やってきたらプラス

になります。

だから、
宿題をしっかりやってきた生徒に対しては、
もう先生はめちゃくちゃ褒めます(笑)

やってこなくても、
叱るということは今まで一度もしたことはなく、
「よし!そしたら、授業でやっていこう」と話しています。

宿題をやってこなくても、
授業中に「宿題でもやってくる!頑張ろう!」と思ったこと。
それも大事な成長ですし、

「お!やってきてくるの?楽しみだな~!」など、
宿題が楽しいもののように話しかけます(笑)

(ちなみに逆に、
授業でやりたくないから宿題~という場合には、
宿題にはさせない場合があります。)

宿題は、先生のためではなく、
生徒本人の成長のためであること。

宿題というツールを使って、
生徒に与えられる刺激、成長は与えたい。

そう思っています。

nakazawa

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